青森なんだかんだ

青森いろいろ

青森県の行政区画は、青森市、弘前市、黒石市、平川市、つがる市、五所川原市、十和田市、八戸市、三沢市、むつ市の10市と東津軽郡、西津軽郡、中津軽郡、南津軽郡、北津軽郡、三戸郡、上北郡、下北郡の8郡。
青森県庁による地域区分だと、東青、中南、西北、三八、上北、下北の6地域。
地方で言うと津軽地方、南部地方、下北地方。南部地方は県南地方って呼ばれたりも。
天気予報でよく聞くのが、津軽、下北、三八上北(さんぱちかみきた)。
さらに、西北五、中弘南黒や弘南、むつ下北、上十三(かみとうさん)など。
さらにさらに、最近では、県も越えてしまう。八戸、二戸、久慈の三圏域で「北緯40°ナニャトヤラ連邦」なるものも。
わけわがんね。よく使い分けているもんだ。さがしいな。

青森市は津軽か?

ふとした疑問が頭をよぎった。
青森市は「津軽」なのだろうか?

どうもそんな感じがしない。
何人か聞いてみた。
「なんだが青森って、津軽ってへば津軽だばって、違うってへば違うんた感じだっきゃのぅ」
「青森かぁ、津軽・・・なんだべなぁ、なんか違うよなぁ」
青森市は津軽だと思っていないケンミンが、少なからずいるようだ。
かといって南部ではないし。
青森県の中央にどーん!と存在しているがゆえ、独立している感じがする。

よく東青津軽と言われるから、津軽に所属なのだろう。
もしかして、青森市の東に平内町があるからか?
東津軽郡の平内町と蓬田村にはさまれているから、津軽になっているのでは・・・。
仮に、平内町と野辺地町が合併したらどうなるんだろう?

ちょっと歴史的に見てみよう。
青森市は弘前藩2代目藩主、津軽信枚(のぶひら)によって開かれた港町。
それまでは、「善知鳥(うとう)」と呼ばれていた。
この辺りは、松が青々と生い茂っていて、漁師が目印に「青森」と呼んでいたことから、町の名前が「青森」になった。

江戸時代からの歴史のある町なのだが、イマイチ、歴史の匂いがしない。
三内の方に行くと、縄文な感じはあるのだが・・・。
空襲で焼けてしまったというのもある。
江戸時代から続くというよりは、青函連絡船で賑わった、「昭和」と言った方がなじむ。
今や、昭和の匂いが残る貴重な街だと思う。

三八? 上北?

問題です。
三八上北の八は八戸市、上北は上北郡。
じゃあ「三」は三沢市?それとも三戸郡?どっちでしょう?

十和田市、八戸市、三沢市と市が3つあるのに八戸市だけ特別扱いされているな。
23万人もいて魚の水揚量が全国4位で八食センターがあって最近はサバが有名でマルヨのかもめちくわがあるからってずるいぞ。

仮に、「三」が三沢市だったら、十和田市が仲間はずれになってしまう。
さらに、三戸郡はどこにも所属できず、ナニャトヤラ連邦で独立してやる~ってなりそう。というわけで、「三」は三戸郡だな。


北緯40°ナニャトヤラ連邦

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