奥津軽虫と火まつり

五所川原市の虫送り

1964年(昭和39年)8月4日、常陸宮正仁親王殿下(ひたちのみや まさひとしんのうでんか)と津軽家出身の正仁親王妃華子殿下(まさひとしんのうひ はなこでんか。旧名津軽華子)がご結婚されることになり、ご先祖様に報告のために鰺ヶ沢町を訪れました。
津軽義孝様・久子様・華子様は種里城址で記念のヒバを植えられたそうです。

津軽家の祖先、大浦光信公は鰺ヶ沢町種里に城を構え、五代後の津軽為信公が津軽を統一し弘前藩主となりました。

その後に寄られた五所川原市で、お祝いに虫送りが行われました。
それまで各集落で行われていた虫送りを、中心市街地に集めて盛大に練り歩いたのです。
このことがきっかけとなって、1973年に五所川原青年会議所は、虫送りに火祭りの要素を取り入れ「奥津軽虫と火まつり」として始めたのです。

「奥津軽虫と火まつり」には各集落の虫が集まります。
虫、囃子、荒馬、太刀振り、獅子舞の他に、2メートルを超すたいまつや、1本70~80キロの大型たいまつを担いで、市街地を練り歩きます。
岩木川の川原に着くと、担いできたたいまつが燃やされ、神事が行われます。
祭りのクライマックスには、大型の虫に火を放ち無病息災、五穀豊穣、悪疫退散を願うのです。

さおりとさなぶり
虫送り
津軽の虫送り
荒馬と太刀振り
奥津軽虫と火まつり
写真 奥津軽虫と火まつり
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