津軽を代表する遺跡① 三内丸山遺跡

三内丸山遺跡は青森市大字三内字丸山にある縄文時代前期~中期の遺跡で、国の特別史跡に指定されています。この遺跡は古くから知られ、江戸時代の弘前藩の書物「永禄日記」にはこのように載っています。

青森近在ノ三内ニ小川アリ
此川ヨリ出候瀬戸物大小共ニ皆人形ニ御座候

この地域は、八甲田山から続くなだらかな丘陵の端にあり、標高20メートル、県の保存地域は38ヘクタール、史跡に指定されている地域は24.3ヘクタールあります。
気温は現在より2~3度暖かく、海水面は5メートル以上高かったので海が集落のすぐ近くにありました。
この遺跡からは、竪穴住居が500軒以上、32メートルの大型竪穴住居、倉庫と思われる高床式の掘立柱建物、土留めされた道路、土器の原料になる粘土の採掘場、土器や土偶などを廃棄した盛土、大人の墓、子どもの墓、ストーンサークル、生ゴミなどを捨てていた谷、柱と柱の間が正確に4.2メートルの6本柱の建物などの遺構が見つかりました。これらによって大規模な集落が存在したことがわかり、それまでの狩猟しながらの移動生活という縄文観が覆されました。
このあたりは元々ナラやブナの林でしたが、集落ができて食料を確保するためにクルミや栗が植えられました。建物の柱や燃料にも栗の木が使われています。
 

 

三内丸山ではこのようなものが食べられていました

堅果類・山菜など

栗、クルミ、どんぐり、トチの実、イヌビエ、豆、ワラビ、ゼンマイ、ウド、ヤマノイモ、クズ、ゆり、ニワトコ、ヤマブドウ、キイチゴ、ヤマグワ

狩りの獲物

カモシカ、イノシシ、クマ、シカ、ノウサギ、タヌキ、ムササビ、キジ、ヤマドリ、ガン、ハクチョウ、カモ

海産物

ハマグリ、アサリ、ワカメ、カニ、うに、スズキ、真鯛、鯖、ブリ、イワシ、コチ、ニシン、アジ、サケ、マス、くじら、サメ、イルカ、オットセイ

この他に、エゴマやヒョウタン、ゴボウ、リョクトウといった一年草が栽培されていました。またニワトコを発酵させて酒造りが行われていました。

この遺跡は1,500年間も続いたので、出土品は膨大な量があり、ダンボール4万箱に及びました。土器や石器、土偶、岩偶、骨角器、木製品、漆器、当時の衣服、縄文ポシェットと名づけられたイグサ科の編物、ヒスイ、コハク、黒曜石、天然アスファルトなどが出土しています。
ヒスイは新潟県糸魚川周辺産、コハクは岩手県久慈市産、黒曜石は北海道赤井川、十勝、白滝、秋田県男鹿、山形県月山、新潟県佐渡、長野県霧ヶ峰産、アスファルトは秋田県豊川油田などです。縄文時代にはすでにこれらの地域とのネットワークが存在しました。

こぼれ話 – 本当は野球場だった?

三内丸山遺跡のすぐそばには青森県総合運動公園があります。この運動公園を拡張し、野球場やサッカー場などを建設する計画がありました。サッカー場は2002年ワールドカップ(日韓共同開催)で、試合を誘致するための建設でした。1992年、建設前の調査が始まると、おびただしい量の土器や遺構が出土し、調査が進むにつれ、とんでもない発見だと分かってきました。報道でこれが伝えられると、県民の中からは遺跡を保存するべきだという声が上がり、1994年、県は建設中止を決定しました。この時すでに野球場の三塁側スタンドはほぼ完成、一塁側も建設が進んでいました。県民の声が公共事業をストップさせたのです。ちなみに、サッカー場は別の候補地でワールドカップを目指しましたが、残念ながら開催地からは漏れてしまいました。

 

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