弥生時代概要

弥生時代は北海道と南西諸島を除いた日本列島の紀元前3世紀~紀元3世紀の約600年間を指します。
時代によって早期、前期、中期、後期にと分けられます。
前期、中期、後期、はそれぞれ前葉、中葉、後葉とさらに細かく分けられます。

縄文時代の約1万年間に比べると短い時代です。
とはいえ600年間です。
今から600年前といえば室町時代。
金閣寺が作られた頃です。

中国大陸では『秦』(~紀元前206)や『前漢』(紀元前202~紀元後8)という国ができます。
そこでは稲作が行われ、鉄器が使われていました。
それらが朝鮮半島を経由して九州に伝わり、さらに東へと伝わっていくのです。

弥生って何?

「弥生」の本来の意味は草木がますます生い茂るということです。
農業が行われるようになって人々がますます成長していく様子から、といきたいところですが、本当は弥生土器が東京府本郷向ヶ岡弥生町(現在の東京都文京区弥生)の貝塚から発見されたことから来ています。

弥生という土地から出た土器だから弥生土器。
その形式の土器が使われた時代だから弥生時代。

弥生土器が使われている時代?

以前、弥生時代は弥生土器が使われている時代とされていました。
しかし発掘、調査が進むと縄文土器と弥生土器のはっきりした時代区分ができなくなってしまいました。
今では稲作、農耕が普通に行われるようになった時代としています。

稲作と遠賀川式土器

日本で最も古い水田跡は縄文時代晩期のもので、佐賀県唐津市にある菜畑遺跡で見つかっています。
縄文時代晩期には九州で稲作が行われていたということですね。
そこから全国に広がっていきます。

1931年(昭和6年)、福岡県遠賀川下流で弥生時代前期の土器が見つかり『遠賀川式土器』と名付けられました。
この形式の土器は西日本に広く分布していることから、西日本の弥生時代前期の土器はすべて遠賀川式土器と呼ばれています。

この土器は稲作とセットになって東へと広がっていったので、これが発掘されるとそこの地域には稲作などの弥生文化が伝わっていたと考えられるのです。

弥生時代概要
弥生時代の生活
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弥生時代の青森県民
砂沢遺跡
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