砂沢遺跡

岩木山の北東の麓、弘前市三和に「砂沢ため池」があります。
このため池の底に東日本で最も古い、弥生時代前期の水田跡があります。

この砂沢ため池は江戸時代の天保年間(1830-44)に、灌漑用作られて、今も普通に使っています。

明治時代から土器がよく出てくることで知られていました。
出てきた土器がよく持って行かれるので、これはいかんと弘前市教育委員会が1984年(昭和59年)から4年かけて発掘調査をしました。

そしたらなんと弥生時代前期の水田跡が6面見つかったのです。

調べればさらに見つかるのかもしれませんが、なにせ遺跡は水の底にあるため、ため池の水位が下がる夏から秋にしか発掘できなかったのです。
農家の皆さんに怒られてしまいます。

1950年代に最初の発掘調査が行われて、縄文晩期終末の貴重な遺跡だということがわかり、出土した土器は砂沢式土器と名づけられました。
土器の特徴は表面に流動的な工文字と粘土粒が貼り付けられた太い平行沈線です。

そして1984年からの調査で水田跡や土坑、溝、縄文時代後期の住居跡、石鏃(せきぞく)、多頭石斧(たとうせきふ)、土偶、管玉(くだたま)、炭化米などが発見されました。

これらの出土品から
岩木山麓の冷たい水を暖めるためのため池や用水路が作られていたこと
米作りをしながらも狩猟を行っていたこと
田舎館村の垂柳遺跡(中期)よりも、福岡県福岡市の板付遺跡(前期)に近いことなどわかったのです。

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